『銀天街物語』第二十話
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ヒロシ☆幸せな出来事☆
文と絵☆K(ケイ)
ユキエは バッグと スーツケースひとつだけを持って
長崎で三代続いている老舗のカステラ屋の生家を
飛び出し 僕のところへ来てくれた・・・
こんな事態になってしまったお詫びやら 彼女と結婚させて
欲しいというお願いの手紙を 僕は幾度も 彼女の御両親宛に
送ったのだけど 残念ながら 一度も返事はもらえなかった
でも 彼女のお兄さんだけは 彼が小学六年生の時に生まれた
年の離れた たったひとりの可愛い妹の味方をしてくれたんだ
彼女が部屋に残してきた今後必要になりそうな身の回りの
品々をダンボール箱に詰めて 宅急便で送り届けてくれたり
彼女にとって気になる家の様子を こっそりと電話で知らせて
くれたりして・・・ 僕とユキエにしてみれば 彼の存在は 本当に
心強く 有難いものだった
そのお兄さんが考案したオープンして間もない喫茶コーナーは
看板娘だったユキエが 突如いなくなってしまい・・・ 僕としても
とても気掛かりなことだったけど スタッフの女の子を急募した
面接に いちばんに駆けつけたのは・・・ 意外にも!
ユキエの友人のひとり ケイコさんだった!
短大を卒業後 長崎市内でOLをしていた彼女は 結局 会社を
辞めて ユキエの仕事を継ぐかたちになったんだけど 以前から
休みの日などに ちょくちょく 店にカステラ・パフェを食べにきて
いた彼女は 店の状況を 誰よりもよく把握していて 喫茶コーナー
を受け持つと すぐに ユキエのお兄さんのよきアシスタントと
なり また 若い感覚を生かして 新商品開発や経営面でも
彼のよき相談相手になっていたようで・・・
それに これには とても嬉しい新展開があって・・・
数ヵ月後 ケイコさんは なんと!
ユキエのお兄さんと 結婚したんだ!!!
「 もう就職なんかしないで いっそこの春 結婚式でも
挙げちゃおうかな ~ 」
なんて言って 僕の店で みんなを笑わせていた彼女が・・・
その年の秋には ほんとうに結婚式を挙げたんだ
あの当時 夢みたいに言っていたことが 現実になったなんて・・・
人と人との出会いと結びつきって 本当に 予想がつかない
ものなんだな~~
僕たちのせいで 家庭内が何かとギクシャクしていたユキエの
実家だったけど 三十過ぎても独身のお兄さんが いよいよ
身を固めるという御目出度い出来事に 御両親も大喜び!
でも だからといって 僕とユキエのほうも 祝福してもらえるほど
甘くはなかったけれど・・・(笑)
『キッチンHIRO』の二階の二間続きの部屋で 新しい生活を
スタートさせていた僕たちだけど 一緒に暮らすようになって
僕は 改めて 彼女の意外な面を発見することになったんだ
お嬢様育ちで 清楚で 従順な雰囲気の彼女だったけど・・・
まあ確かに いざとなったら 両親の反対を押し切ってまで
家出同然に 僕のところへやってきた意志の強さはあるけれど
でも 僕の想像以上に 彼女は タクマシカッタ~!
九州の女性って みんな こうなのかな~(笑)
料理が さほど得意でなかった彼女は 西洋料理の本を 図書館
から何冊も借りてきては 次々と読破して 仕込みに忙しい僕を
捕まえては 次から次に質問攻め!
包丁さばきも 最初の頃は 野菜を不揃いに切ったり ついでに
自分の指まで切ったりして とても危なっかしいものだったけど
次第にサマになってきて 今では キャベツの千切りなんかは
僕以上の腕前かもしれないな~~(笑)
僕一人では手が回らなくて これまでは夜のみの営業だったけど
彼女の積極的な提案で 『キッチンHIRO』も いよいよ ランチを
始めることになったんだ!
この路地の界隈は キンさんとこみたいに 夕方から営業の
飲食店が多く ランチタイムを設けている店が 意外に少ない
みたいで・・・ 僕の店が ランチを提供するようになると
商店街の買い物客や 近くに勤めているサラリーマンなど 夜の
時間帯とは違った層の新規のお客様も増え おかげで ランチの
評判も売り上げも 上々だった
とりわけ ユキエが作るデザートは 若いOLから年配のご婦人
たちにまで人気があって テイクアウト用に わざわざ注文する
お客さんもいるほどだった
料理のほうは苦手だったユキエも やはり生家がカステラ屋の
せいか お菓子作りは 小さい頃から興味があったらしくて
学生時代は グルメ通のエミさんや 甘い物大好きなケイコさんと
長崎で評判のケーキ屋さんを あちこち食べ歩きしたそうで・・・
でも 彼女が 『キッチンHIRO』で作るデザートは 凝ったデザインや
味のケーキではなく 天草産無花果で作った自家製ジャムを添えた
シンプルなシフォンケーキや カラメルソースがちょっぴりほろ苦い
懐かしい味がする焼きプリンや 天草産レモンやバンカンの果汁を
たっぷり使った爽やかな味のゼリーなどだった
あくまでも 僕の料理を引き立てるための 料理のいちばん最後に
慎ましやかに添えられたデザートだったんだ
僕が彼女と一緒に暮らすようになってからは 僕のマカナイ料理を
お昼に食べに来るのを遠慮していたカメちゃんも 店がランチタイム
にも営業することになったとたん 昼頃になると 毎日のように
店に現れては 《本日のおすすめランチ》を注文するようになった
お昼の常連客第一号ってとこかな(笑)
勤めていた電気店から独立したばかりの彼は 自分で注文をとって
きた仕事に追われ いつも アタフタと急いで食事を済ませていたっけ
だけど どんなに時間が無くっても 最後のデザートまでシッカリと
お腹の中に入れていたけどね~~
「 ヒロが作る料理と ユキエさんの手作りデザートを ず~っと
食べられるんなら 僕は 嫁さんをもらう必要もないなあ~~ 」
なんだか以前も それと同じこと 僕に言ってたよな~ (笑)
でも ふたりとも 仕事に関しては 今が 正念場!
お互い ガンバッテいこうな! カメちゃん!
彼女が 本渡の町での暮らしにも慣れた頃 店の休みの日に
ふたりで 近くの諏訪神社に行き 神殿前のお賽銭箱に 千円札を
一枚入れて ぎこちなく うろ覚えの作法で参拝した
そこには 神主さんもいなかったけれど これが ふたりの結婚式
だった・・・ ユキエと僕 ふたりだけの・・・
一緒に並んで 神様に何かお願いしている薄化粧をした彼女の
横顔は ほんとうに綺麗で・・・ 合わせた両手の細い指先が
水仕事で荒れてしまっているのが 切なく 愛おしく ・・・
( このひとを 一生をかけて 守っていこう! )
神様の前で 僕は そんな決意を改めて抱いたんだった
神社を後にすると その足で 市役所の窓口に行って ふたりで
婚姻届を提出したんだったな・・・
「 おめでとうございます 」って 若い僕たちを祝福してくれた係りの
人の笑顔が 今でも思い出される・・・
きっといつかは ユキエの御両親の笑顔を見れるように もっともっと
店を繁盛させなくちゃ!
でも それから間もなく せっかくの評判のランチも しばらくはお休み
しなくちゃならないことになって・・・
ユキエが・・・ 妊娠したんだ!
僕たちふたりの大切な宝物が 彼女のお腹の中にいる!
彼女は 出産ギリギリまで お店を手伝うなんて無謀なことを
言い出す始末! そればかりは 断固として聞き入れられないゾ!
とにかく無事に 元気な赤ちゃんを産んでもらわなくちゃ~!
それで 出産して彼女の身体も充分回復するまでは 昼間の営業は
当分の間 お休みすることにしたんだ
すると 僕たちふたりの幸せが 商店街の皆にも 広がったというか
いや、単なる偶然に過ぎないんだけど・・・
キンさんの奥さんが ユキエのかなり膨らんだお腹を ソ~ッと撫で
ながら 「 いいわね~ 私も ユキエさんの幸運にあやかりたい 」
なんて言ってから ひと月もたたなかったかな~~
仕事を終えてた僕の処へ いつもより早く店じまいしたキンさんが
焼酎を一本持って やって来た
「 いや~ まいったよ~ ヒロシィ~~
俺 この齢で 父親になるんだぜえ~~
なんか カミさんが このところ体調が悪いもんで 今日 病院へ
行ったんだよな ・・・ そしたらさ~ ・・・ なんと!
妊娠二ヶ月だってさ~!
結婚十五年目にして やっと 子供を授かるなんて・・・
四十を過ぎた新米パパなんて ・・・ まいったよな~~
ホント まいった マイッタ~~~ 」
マイッタを連発させながらも キンさんのこんなに嬉しそうな顔を
見たのは・・・ そう キンさんと出会ってから 初めてのことだった
「 キンさん おめでとう! 今夜は ふたりで 飲み明かしましょう!」
ユキエは 二階で 早めに床についていたので 店の中は 男二人きり
カウンターの中で 焼酎に合いそうなツマミを 二、三品作っていると
「 オメデタといえば ナカヤマグチ自転車屋のカミさんも どうやら
そうみたいなんだよな~・・・ 」
キンさんが 突然 思い出したように言った
「 ああ、僕が 中古のバイクで いいものがあったら お願いします
って注文してたら この間 この店まで 掘り出し物のバイクを届けて
もらった・・・ あの ナカヤマグチさんとこの 奥さんですね ・・・ 」
「 そうそう! その日 ジテンシャヤが オマエんとこに バイクを配達
した後 店に戻ると ちょうど病院から帰ってきたカミさんから 妊娠の
報告を聞いたんだってさあ~~
これって ちょっと 不思議な感じがしないか?
ユキエさんの腹を撫でたら 俺のカミさんまで 妊娠しちゃうしよ~
オマエんとこに バイクを配達したその日に ジテンシャヤの
カミさんの妊娠が明らかになったし・・・ オマエたち夫婦のご利益
じゃないかって噂してる連中だっているんだぜ~ 」
キンさんが あまりにも真面目な顔して言うものだから 僕は
可笑しくて 口に含んだ焼酎を 吹き出しそうになった
「 だって キンさんの奥さんが ユキエのお腹を撫でた時には
もうすでに妊娠されていたんでしょ~
それから 自転車屋さんは たしか・・・ まだ新婚さんですよね~
だったら いつ赤ちゃんができても 不思議じゃないし・・・
偶然! 偶然! ただ 偶然が重なっただけですよ!」
「 そうかな~ 偶然かな~ ヒロシが ここに店を開いてからさ~
この路地 いや、この商店街全体が 何だか明るくなった気が
するんだよな~
商店街の連中のなかには オマエのことを 《街の救世主》 って
言ってる奴だっているんだぜ~ 」
とっておきの焼酎と 僕が作った酒の肴を 交互に口に運びながら
上機嫌でしゃべり続けるキンさんに 僕は 結局 明け方まで
付き合うことになった・・・・・・・
*おことわり*
地元小説の性格上 実在の地名・学校名・施設名などが
登場しますが これは あくまでフィクション小説です
これまでの『銀天街物語』は コチラ から